見えにくい人生の影
2026/07/17
僕たちの目は前についています。だから、自分から見た姿で世界を捉えてしまいます。過去に言われた“ひどい言葉”や“ひどい仕打ち”に対しても、自分の目線で「ひどい」というレッテルを貼ってしまいます。
でも、その言葉を発した人の背景にある影は、誰にも分かりません。
例えば、母親からの「あなたなんか生まなきゃよかった」というひどい言葉に傷つき、その言葉や態度がずっと心から離れず、深い劣等感に苦しんでいる女性がいたとします。

しかし、その言葉を発した母親の背景は、子どもには分かりません。もしかしたらその母親は、自身の家柄や学歴に自信が持てない幼少期を過ごし、嫁いだ先で義理の家族や小姑から「あなたの子だからね。遺伝でしょうね」と日々嫌味を言われていたのかもしれません。そんなとき、夫は助けてもくれない仕事人間で、自身の体調も優れず、孤独がピークに達していた……。そんな状況のなかで、「あなたさえ生まなければ……自由になれたのに」という思いがあふれ、腹いせのようにそのひどい言葉を放ってしまったのかもしれません。
前から見た姿だけでは、その人の背景にあるものは影になってしまい、見えないのです。
僕は、多くの人の「人生の影」を聴く仕事をしています。あの言葉を「言わなければよかった」という苦い思い出の一つや二つは、誰にでもあるものです。
あるいは、ひどい言葉を投げつけてくる上司。その人も、子どもの頃に壮絶ないじめに遭い、「強くなければ世界は自分をバカにする」という強い思い込みを抱えながら、仲間を蹴落として必死で出世してきたのかもしれません。
しかし、その上司も家に帰れば妻や娘から無視され、居場所がない。だから会社では、自分より立場の弱い部下やオドオドしている人に偉そうに振る舞うことで、「自分が上である」という感覚を得て、なんとか心のバランスを保っている……という隠れた背景があるのかもしれません。
僕たちは、自分の見ている世界だけで、この世界のすべてを判断してしまいます。

ゲシュタルト療法の中核である「役割交換法」では、相手の世界を想像し、その背景を演じます。それが事実かどうかではなく、イメージのなかで「相手の背景にある弱さ」を想像してみるのです。
そうして、「相手も、ただ自分を守ろうとしている弱い存在なんだ」と思えたとき、「許せない(裁きたい)」という心に、共感的な理解が広がっていきます。
そして、「自分も立派な人間ではなく、弱い存在なのだ」という相手と自分との共通点を見つけたとき、感情は「憎しみ」から「人としての哀れみ(慈しみ)」へと変化します。
それは同時に、日々自分自身に向けている完璧主義の刃を下ろし、自分を許せるようになることにもつながります。
人間は完璧ではありません。しかし、他人の不完全さを許せたとき、私たちは自分の不完全さも許せるようになります。
それを実際に演じてみるのが、今日のプロコースで行う「セルフシナリオセラピー」です。
人は誰もが、何らかの自分を演じて生きています。あえて「違う自分」を演じてみることで、世界への優しさが生まれ、「これから自分は何を演じて生きていくのか」という自己チェンジが始まるのです。
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心理カウンセラー衛藤信之
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