ふと感じる縁の奥深さ

   

 お盆週間です。

 東京の新宿御苑の教室から、受講生たちと、混むことのない最高の場所で、神宮の1万発の花火を鑑賞しました。
 誰もが過去の花火の記憶を重ね合わせているんだろうかと、大切な仲間のシルエットを見ながら共に夜空を見上げました。



 この時期に飛行機に乗っていると、空の上から花火を眼下に見下ろすことがあります。上から見ても、やはり美しい大輪の華を咲かせています。

 花火には、あの世に旅立ったご先祖さまへの鎮魂の意味があります。
 「私たちは、あなたのお陰で幸せに生きていますよ」と、死者たちへの感謝のメッセージでもあるのです。あの世を「草葉の陰」と言いますよね。誰かのお陰で人は生きているのです。
 僕たちの挨拶には「お陰さまで」という言葉があります。もちろん挨拶した相手への感謝だけでなく、そこにはすべてのご先祖さまのお陰で、今の私たちが存在しているという意味も込められているように感じます。

 花火は、わずか8秒足らずの一瞬の輝きのために、2ヶ月もかけて「観ている人の感動」を目指して仕込むのだそうです。でも、これは花火師だけではありません。農家の方、道路を作った人、電気を届ける人もそうです。

 僕たちは、お陰さまで生きています。孤独が好きだと言っても、誰かのお陰の力であなたの孤独も成り立つわけです。僕たちは単体では生きていけません。

 親に愛された思い出がない人でも、今ここにいるということは、一人の命ではなく、何十代、何百年という命のバトンが一度も途切れることなく届いたという事実です。

 戦争中、未来の平和を夢見て命を落とした人。飢えや災害を乗り越えた人。貧しさの中に、子どもを守り抜いた人。

 僕たちの存在そのものが、数え切れないほどの先祖たちの願いの結晶です。

 一人の人には両親がいて、たとえ子どもがいなくても、戦火の中で「こちらにおいで」と声をかけた人や「これ食べな」と命をつないだ見ず知らずの人もいます。

 考えてみれば、僕たちは生まれる前から名も知らない誰かに支えられています。母が初めて父とのデートで着て行った洋服を作った人。ボタンのほつれがないかと検品した人。待ち合わせた場所を掃除していた人。乗った電車を運転していた人。小さな縁までたどれば、僕たちの命は血縁だけでは説明できないほど多くの人の人生とつながっているのです。

 たとえ血がつながっていなくても、僕たちは縁によって 「個」として存在があるのです。



 父にも母にも両親がいて、10代さかのぼるだけで1024人。20代なら約100万人。30代なら約10億人。さらに縁をつなぐ人たちを入れれば、天文学的な縁の中で僕たちは生きています。その誰か一人でも存在しなければ、あなたも僕も生まれていません。

 だから「自分なんて誰にも必要とされていない」と思う夜があったとしても、命の歴史を見れば、あなたは突然現れたわけではありません。数え切れない人が生き、出会い、別れ、誰かを助け、助けられながら、ようやくあなたという一人にたどり着いたのです。

 お盆とは、その奇跡に「ありがとう」を伝える日なのかもしれません。何百年という時間をかけて「あなたが生きてほしい」と願われて紡ぎ合った、あなたの命に感謝です。



 花火のバーンと大きな爆発音を聞きながら、この音がいつまでも戦争の炸裂音に変わることのないようにと願いつつ、僕は平和な日本の夜空を見上げていました。

誰もが幸せであるように…

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心理カウンセラー衛藤信之
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