謝罪より感謝を
2026/10/15
人は、心が優しければ優しいほど罪悪感を抱えて生きてしまいがちです。
同僚が忙しそうにしているのに、自分だけ定時で帰る時。親の電話に出なかった日。子どもを感情的に叱ってしまい、寝顔に胸を痛める時。仲間の誘いを断った帰り道。疲れ過ぎて家事をしないで寝た翌朝など…。
優しい人の心には、ふとブレーキがかかります。「自分を優先してはいけない」「迷惑をかけてはいけない」と無意識に責めてしまうのです。日本人に多い心理傾向です。

僕がアメリカで心理学を学んでいた頃、教科書に「機能不全家族」の事例が載っていました。子どもが熱を出しただけで、親に「病気になってごめんなさい」と謝るケースです。
現地のアメリカ人のクラスメイトたちは「That’s insane!(あり得ない)」と驚きの声をあげました。
僕は彼らとは、逆の驚きを持っていました。日本では日常でよく見かける光景だったからです。
彼らは言いました。「病気は不可抗力。家族のサポートに『感謝』はあっても謝罪はいらないよ」と。
仕事でも病欠は雇用契約上、当然の権利で、連絡も、状況の報告と「サポートしてくれてありがとう」で充分だというのです。
とはいえ日本人の持つ「お互い様」の精神とか、繊細な気遣いは、僕には尊い文化であり美徳だと今でも思っています。
けれど、優しさゆえに生まれる罪悪感を、あなたが自ら背負い込み過ぎると問題になります。

かつて僕の愛する継母が、自ら命を絶った時「僕が慕ったからママは、この家を出て行けなくなった。僕がママを死に追いやった」と自分を責め続けました。
その自責から、自分を罰するように、ずーっと、笑ってはいけないと決めていました。
これを心理学では「サバイバーズギルト(生残者の罪悪感)」と呼びます。
戦争や災害で、亡くなった人への罪悪感から、残された者が、苦しみを背負い続けてしまう心理です。
ただそれは、天国にいる大切な人が、あなたに「苦しみ続けろ!」と願ってなどいない。という死者からの優しい視点は無視しています。
これは、死別のような悲しみだけではなく、日常の人間関係でも、まったく同じことが言えます。
電話に出なかったあなたに、親は罪悪感で「苦しんでほしい」と願うでしょうか。
つい叱りすぎてしまった親に、子どもは「ずっと自分を責めて、親に泣いていてほしい」と願っていると思いますか。
仕事を休んだあなたに、仲間は「申し訳なさに押しつぶされてくれ」と望んでいますか。
誰一人、そんなことは願っていません。
大切な人が、本当に望んでいるのは、あなたが元気を取り戻し、笑顔でいてくれることだけです。
日本人の「申し訳ない」は、本来は相手を想う、あたたかい優しさから生じています。だからこそ、その優しさで自分を攻撃するのは悲し過ぎます。
親にも、子どもにも、職場の仲間にも、天国の大切な人に対しても、届ける言葉は「ごめんなさい」という謝罪ではなく「愛してくれてありがとう」「あなたと出逢って幸せです」という感謝に変えることだと思っています。
あなたが自分を許し、今日も笑顔で生きる。そして今度は誰かのために「許し」という恩送りをする。
そのほうが罪悪感に苦しむ日々より、充実した人生になると僕は信じています。
-もちろん、修正するところは修正していこうね(笑)

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心理カウンセラー衛藤信之
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