子育ての正解

      2026/09/08

 子育てに苦しんでいる親が多いです。



 それは「すべてを親が、子どもに教え込まなければならない」という思いが強いからです。
 あなたの人生を考えてみてください。
 親と一緒に暮らしていた頃には、身につかないことが、社会に出て考えを変えたり、大人になって身についた価値観のほうが多くはないですか。

 たとえば「親がご飯を作ってくれなかったから、自分は子どもに手料理をしっかり作ってあげたい」と愛情深い親になる人もいます。逆に「親がいつも部屋を掃除してくれたから」といって、その子が綺麗好きになるとは限りません。

 古典的な心理学の決定論のように「幼少期の親との関わりが、その後の人生のすべてを決定づける」と考えてしまうと、育てる側は途方もないプレッシャーを抱えむことになります。

 「うまくできない自分」に自己嫌悪を抱き、自分を責めている親は少なくありません。

 また、育てられる側も「親ガチャに失敗した」「毒親のせいで人生が狂った」と、自分の抱える問題をすべて、過去の環境に押しつける大人もいます。本来なら自分の意思で選び直し、変えていける未来を、過去のせいにして立ち止まるのは、自らの人生の責任の放棄です。

 映画『ジュラシック・パーク』に、僕の好きなセリフががあります。
 「恐竜は人を襲わないですか?」 パーク側は自信満々に「ここで生まれる恐竜たちは、卵から出た瞬間に人間を見るので、刷り込みが起こり、鳥のヒナが、人間を親だと信じるように、彼らが親である人間を襲うことは絶対にあり得ない」と…

 しかし、数学者のイアン・マルコム博士は、カオス理論を持ち出してこう警告します。「自然を完全に管理することなどできない。生命は必ず、自らの力で違う流れを作り出す(Life finds a way)」と…
 実際には、人間の知らないところで生まれた恐竜たちが繁殖を始めていて、パークは制御不能のパニックに陥ります。子どもの成長も、よい意味でも悪い意味でも同じです。

 大人が思い描いた予測やコントロール通りに収まる教育など、この世に存在しません。



 そして子どもも、自分の生き物としての自由度や生命力を無視して、過去の環境の責任にして、未来の努力をしないのも自己の可能性の無視しています。なぜなら、生命は、自らの足で歩き出すものだからです。

 では、親の役割は少ないのかというと、決してそうではありません。

 子どもが人生で最初に出会う「人間のモデル」が親です。
 見習うにせよ、反面教師にするにせよ、親が与える影響力は大きいのです。

 だからこそ、親は子どもを管理するよりも、一人の人間として一生懸命に生きている姿をモデルで見せることです。人間の人生の素晴らしさと愚かさ。夢を追うことの情熱と挫折もふくめて…。



 人生で起こりうるリアルな現実を見せてあげることが、最初に出会う親の役目です。理想の親を演じることが、子育てではありません。

 日々現実を乗り越えることに汗をかき、悔しさに涙を流す姿を見せてください。
 一人の生身の人間として人生の荒波に立ち向かっている背中を見せるのです。

 そして子どもに「あなたなら、自分の力できっと乗り越えられる」と“祈り”を次の世代に手渡すことです。

 子育てとは、完成した大人が未完成な子どもを育てることではなく、未完成な大人と、未完成な子どもが、一緒に人生を学んでいく時間なのだと僕は思っています。



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心理カウンセラー衛藤信之
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