スピリチュアルと距離感を大切に!

   

 皆さん、こんにちは。心理カウンセラーの衛藤信之です。
 先日、東京で開催した体験講座で、こんな質問をいただきました。
 「私はヒプノセラピー(催眠療法)を提供しています。衛藤先生がヒプノセラピーについて思うこと、肯定すること、否定することなど、なんでも良いのでご意見を聞かせてください。また『霊感アドバイス』のような『スピリチュアルな世界』についても、ご意見があればお願いします!」という内容でした。
 僕も心理療法の現場で、ヒプノセラピー(催眠)を使うことがあります。
 僕にとってヒプノとは、神秘のベールに包まれたものではなく、極めて論理的な「科学」です。


 大切なのは「その力を何のために使うか」という一点に尽きると思っています。
 では催眠とは何か。
 「それは、自分の潜在能力(隠れた力)にアクセスする方法です」
こう聞くと、どう思われますか? なんだか“おどろおどろしく“聞こえるかもしれませんね。
 「潜在能力」なんて小難しく言わないで、分かりやすく言うと……
 人間は「自分には限界がある」と思い込めば動けなくなりますが、「自分には素晴らしい潜在能力がある」と深く信じることができれば、不可能だと思っていたことも、難なく成し遂げてしまったりするのです。
 例えば、何でも「できると思ってできる」のは、30CMの定規よりも幅のある、40〜50CM幅の5メートルの長い板があると考えてみてください。
 これが地面に置いてあれば、お酒に酔っていなければ誰だって難なく渡れます。それは「渡れる」と思っているからです。
 ですが、これが10階建てのビルの間に渡されているとしたらどうでしょう。地面に置いた時と同じ幅であっても、多くの人が落ちてしまうでしょう。
 それは「落ちるかもしれない」というマイナスの思い込みが先行するからです。たとえ風が吹いていなくても、です。これを「マイナスの自己暗示」と呼んでいます。


 スキージャンプの競技でも、「飛べる」と思ってジャンプポイントを目指して滑走を始める選手は、何度も練習を積んでいるので、恐怖よりも「飛べる」という強い自己暗示が働いています。自分を信じているから飛べるのです。素人なら、滑走が始まった段階でパニックになりますよね。
スキージャンプ選手でなくても、車のドライバーが運転できるのは、日常で繰り返される運転の中で「自分は運転ができる」という自己暗示が働いているからです。

 意識で考えなくても、ブレーキやアクセルを無意識に操作できる。これも  「無意識に運転できる」というプログラムが入っているからなのです。
 他人から与えられた暗示であれ、自分で繰り返した「自己暗示」であれ、催眠とは「自分で自分を信じるように促す」サポートにしか過ぎないのです。
 例えば、僕は使いませんが、催眠を使った「前世療法」のように「あなたは過去に指導者として活躍していた!」と言われ、雰囲気のある催眠者の言葉を信じたとしましょう。
 それで人前で緊張していた人が「そうなんだ! 僕にはそんな潜在能力が受け継がれているんだ」と信じ込んで、苦手意識がなくなったら、それは素晴らしい「自己暗示」だと言えるのです。
 数秘であれ、アロマであれ、占いであれ、
「名前にこの数字を持っているから、私は強い」
「この香りを嗅ぐと思考がクリアになる」
「今月は僕の誕生月だから最高だ!」
「スーパームーンだからエネルギーがもらえる」
 その人が、その暗示で前向きになれるなら、それは素敵な「自己暗示」だと僕は思っています。

 
 もし「自分は高貴な人の生まれ変わりだ」と信じることで、その方の人生に光が差し、前向きな行動につながるのであれば、その暗示もやはり「善」なのです。
 けれど、スピリチュアルな世界に没入するあまり、現実の努力を忘れたり、尊大に振る舞うようになってしまったら、人生にとってプラスとは言えません。
 ですから、「トイレ掃除」や「朝の運気が上がるルーティン」、「財布をこの時期に新調すること」、神社仏閣巡り、断捨離……これらすべては素敵な「自己暗示」なのです。僕はこれらに対して、良いも悪いも言えません。
 ただ、これら「自己暗示」は、僕たちの「道具」でしかないのです。
 この「善」の自己暗示が、逆回転で回り出すと厄介です。
「トイレ掃除をしないと不幸になる」
「このルーティンを欠かすと運気が下がる」
「あの人のアドバイスを聞かないとバチが当たる」
……そうやって、あなたが道具に縛られて不安になるのは本末転倒です。
 そうなると、「主役」と「脇役」が入れ替わってしまいます。
「それをしなければ不幸になる」
「これがないと安心できない」
「今朝はそれをしなかったから、どうしよう!」
と「不安」が増大するようになります。
間違ってはいけないのは、「幸せの道具」を使うのは僕たちであって、僕たちが道具に支配されてはいけないということです。
 どこまでいっても「主役は人間」です。スピリチュアルな行動という「道具」に、人間が支配されてはいけないのです。


 ここで、僕がとても好きなインディアンの話を一つしましょう。
 ある日、インディアンの長老が、孫にこう言いました。
「人の心の中には、二匹のオオカミがいるんだよ」
 一匹は、愛、勇気、希望、信頼でできたオオカミ。
 もう一匹は、憎しみ、恐れ、不安、怒りでできたオオカミ。
 孫は聞きました。「ねぇ、どちらが勝つの?」
 長老は、静かに答えました。
 「それはね、お前が日々、餌を与えたほうだよ」
 あなたは「幸せになる道具」に振り回されていませんか?
 日常の地に足をつけたまま、いかにして心の深い領域(潜在意識)を味方につけるか。


 それが、僕が何よりも大切にしていることなのです。答えになりましたでしょうか。
 やはり幸せの道具に振り回されない、「自分軸」で生きることが大切ですね。
 それでは、今日の僕のお話はこのあたりで終わりましょう。
 また、来てくださいね!



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心理カウンセラー衛藤信之
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